ご無沙汰しました。
本当に随分ご無沙汰してしまいました。

色々と多忙だった事もありましたが
先月に、私の大切な恩師が夭逝されて
暫く落ち込んでいました。

今日はワンのブログではありませんが
ブログ再開に当たって、少し書かせて下さい。

もうかれこれ3?年前、私が中学3年になった時に
この恩師が担任を受け持って下さいました。
先生は、大学を卒業されて、初めての就任で「先生一年生」でした。

今思えば、真っ新・新人の先生に3年生を担任させるのは、キツイ人事でした。
何しろ、先生とは10歳も年が離れていないし
希望に燃えて、先生になった恩師は
私達の担任として、海千山千のスレた私達の担任として
厳しい一年を過ごすことになりました。

私達クラスメートはとても仲良しで、良いクラスでしたが
やはり「ヤンチャ」な3年生でした。

修学旅行や、その他の学校行事、沢山の日々を共にしながら
私達と先生は、一年を過ごしました。

このクラスは、不思議とその後も縁が切れずに
卒業後も、何十回となく同窓会を開き旧交を温めてきました。

先生が無事に60歳を迎えられ、リタイアされた時は
市内の中学校の校長として任期を終えられたのですが
私達同志で集まって、卒業式に参加しました。
演壇で先生は「私は長年の教師生活にピリオドを打ちますが
初めて受け持ったクラスの生徒達が、今日のこの日を祝うため
この席に来てくれました」とお話しされました。

先生はとても大切なことを沢山教えて下さいました。

その頃は、スレた生徒達を「不良」とか「」とか呼んだものですが
先生は、いつも「ヤンチャ」と呼んでいました。

私が「何で?」と聞くと、先生はこう答えました。
「悪」とか「不良」なんて子は、一人も居ない。
「悪い」とか「不良」と言うのは、絶対にに肯定されてはいけないんだ。
これは常に否定されるものだから・・・

あの子達は、絶対に「不良品」でも「粗悪品」でも無い。
ちょっと「ヤンチャ」なだけ・・だと。


それから私は、人に対して「悪い」と言うことを否定するようになりました。
「ちょっとヤンチャなだけ」だと考える様になりました。

先生は、とても高い地位まで昇られました。
大変有名な人になりました。

ある同窓会で、先生は私達に言いました。
「自分は同期の中で、一番出世したと思います。
これは全てあなた達のお陰なのです」


私達が「何で??」と聞くと、先生は
「おまえ達を担任した、あの最初の一年が素晴らしい一年だったから」
答えました。
ご自分の努力が報われた筈なのに、それは私達のお陰だと仰いました。

私はいつか自分が評価される時が来たら
それに奢らず、それを支えてくれた何かに感謝できる人間になりたいと
心から思いました。

そんな先生は、定年を迎えた年に癌が発覚し
先月亡くなりました。

お通夜に行くと、その大きなホールの外の道には
焼香を待つ数百人の列が出来ていましたし
ようやくホールに入れたと思ったら、大きなロビーにも
数百人の人々が列を作り、3階の式場までの長い階段にも
参列者がず~~っと続いていました。

私はこの圧倒的な人出を見て、悲しみを新たにしました。
私の母のように、うんと長生きしていたら
これほどの人出は無かった筈です。
あまりにも早い死だからこそ、これほどの人々が集まったのですから・・

先生にはもっともっと沢山のことを教えて貰う筈でした。
一泊旅行での同窓会も企画していました。
これから、ゆっくりゆっくり、沢山のことを教えて欲しかったです。

私は「人の死」というものを冷静に受け止められます。
しかし先生の死は、「本当に残念」でなりません。
大きな支えを失ったのです。
これほどの喪失感は初めてでした。

私達は「先生を偲ぶ会」を企画していますが
悲しみは尽きません。
それで暫くは落ち込んでしまいました。

勿論嬉しい出来事も沢山ありました。

またすぐにブログで紹介しますが、

モリアゲ隊の隊長・SAABと久しぶりに会えた事。

もりもり隊の秋ちゃん(モス君)から
一年間の記録を収めた、愛情溢れるアルバムが届いた事など・・・

気持ちを切り替えて、私の大切なお嬢達や
素敵な仲間達の日々をまた綴っていきたいと思います・









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【2010/02/07 20:44 】
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