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ダイアナの寝顔と・・・・
昨日までの雨が一旦上がり
今日は晴れ間も見える一日でした。

お嬢達は、日々肌寒くなるに従って
寄り添ったり、お気に入りのクレートに入ったりして
寝るようになりました。

ダイアナのお気に入りは、バリケン。
いつも入っています。

そんなダイアナの可愛い寝顔。

目がとってもコワイ・・・・・

11-11dai.jpg

コワイ目を見た後は、ラブ・ヒストリーの続きです。

***********************************

What we do know is that British fishermen brought back some of these black dogs,
landing at Poole harbour,
on the south coast of Britain, in the early 1800’s.
It was from there that the Earl of Malmesbury,

and then a small number of Scottish and northern landowners saw these dogs
and bought a number of them.

They realised that here was a dog who was capable in retrieving shot
and wounded ‘game’,
both on land and from water.
From working in the south, retrieving duck and geese from water and marshland,
the breed then progressed to more land-work,
now working on ‘game’ birds,
and ground game.

For this a slightly lighter built dog was preferred.
A dog without an excess of bone, a decent length of leg.

私の知るところでは、英国から遠征した漁師達が
この黒毛の犬達の幾頭かを連れ帰ったということで、
1800年代初期に英国の南海岸にあるプール港に着港しました。

まず最初にマームズベリー伯爵が、
そしてその後少数のスコットランド人や北部の地主達が
これらの犬を見てそれらの数頭を購入したのが始まりでした。

この人達は、その犬達が、撃たれて傷ついた『獲物』を、
陸上や水中からの両方から回収する能力に
優れて居る事を知りました。

最初は南部地域でのカモやガチョウを、水辺や湿地から回収するという作業から始まり、
その後更に陸上での作業へ、現在猟の対象となる鳥類へ、
地表の獲物へと進歩しました。

この様な仕事をこなすために、当初は現在よりも
僅かに軽く造られた犬が好まれていたようです。
骨量の過剰でない、適切な肢の長さの犬です。

It is thought that the 2nd Earl of Malmesbury was the first to see the true
potential in them.

He called them the ‘Little Newfoundlanders’,
but it was the 3rd Earl of Malmesbury who re-named them ‘Labradors’.

From these first dogs the breed began as we know it.

Some early dogs went to the Duke of Buccleuch,
in Scotland, whose family have carried the line on through many generations,
right up to the present day.

In 1867 a photograph was taken of the Earl of Howe’s ‘Nell’ (aged about 11 years),
who apart from white feet appears to be a very typical Labrador.

Other well known breeders at the time were The Hon. Aurthur Holland-Hibbert,
later 3rd Viscount Knutsford (Munden),
and of course the famous, Lorna, Countess Howe (Banchory).

マームズベリー伯爵二世が、ラブラドールの本当の可能性を
最初に見出した人であったと思われます。

彼は彼らを、『小型のニューファンドランダー』と呼びましたが、
彼らを『ラブラドール』と名前を変えたのは
もっと後で、それはマームズベリー伯爵三世でした。

皆さんもご存じの通り、これらの犬達から今のラブラドールは始まりました。

何頭かの初期の犬は、スコットランドのバックルー公爵
(この家柄は多くの世代を経て、彼らの家系を間違いなく今日まで維持しています)
のところへ行きました。

1867年にハウ伯爵の、『ネル』(およそ11年歳)の写真が撮られたのですが、
その犬は白い足を別にすれば非常に典型的ラブラドールであるように見えます。

この時代の他の有名なブリーダーは、
Aurthur Holland-Hibbert閣下(後のナッツフォード子爵三世)(Munden)、
そしてもちろん有名なローナ・ハウ伯爵夫人(Banchory)でした。

**************************************

今日はここまで。

皆さんもご存じの通り、このハウ伯爵が
当時のサンデーランズに深く関わっていた事は有名な話ですね。

やはり、当時はこうして貴族達に気に入られる事によって
犬種が伸びていったのでしょう。

そう言う意味で、ラブラドールは
彼らの類い希な能力や気性をさることながら
やはりラッキーであったのだと思います。

私達は、そのことも含めて
いまラブラドールに関わらなければなりませんね。

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【2009/11/12 19:23 】
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