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精通すること
去年はうちで5年ぶりのパピー達が誕生したのですが
ブリーディングで長年お世話になっている先生方の
温かなご協力で、無事にパピー達が生まれました。

先生は世界的にも著名な方ですが
そんな先生に付きまとって10年余り経ちました。
海外でヨーロッパのリーダーであるような先生にも
『神だ』と言わしめたこの先生が
私に仰った言葉が忘れられません。

「生き物は様々です。分かっている範囲の事しか出来ません
その後は神頼みです
しかし、神頼みを少しでも少なくすることが学問です」

先生ですら、その努力を少しずつ進めていると仰った。

私など、駆け出しにすらなれていない
もっともっと勉強したい。と思う

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【2019/10/01 20:52 】
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熱帯からの逆襲
かなり以前の事ですが、
NHKでエボラのドキュメンタリー番組を見たことがあります。

タイトルは『熱帯からの逆襲』でした。

熱帯ジャングルは、人類が生まれた所だと聞いています。

でも、その後は爆発的に増殖し、地球環境を破壊し続ける

人類を間引かないとイケないと言う

自然の力の一つが「エボラ」なのだと言っていた。

世界的な異常気象もそうなのかも知れないです。

フィクションでは、悪者だけがやっつけられるけど

そんな甘い事はありません

世界一有名なゴロツキや、それに追従する
ごろつきの手下ばかりが死んだらいいけど

日航機墜落の時に、良い人も悪い人も同じように死ぬと

痛感したように、そんな上手くはいかないだろう。

海上のメガソーラーがめくれ上がり、燃えているとか

波除岸壁が壊れているとか、を今回の台風15号ニュースで見ました。

阪神大震災の時もそうでしたが

高速道路が飴のようにクニャクニャに曲がるとか

人間の力など、本当にたかがしれています。

もっと謙虚にならないと、本当に恐ろしいです。
【2019/09/22 19:29 】
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感動したお話
まずは、先日の台風15号の被害に遭われた
関東方面の方々に、心からお見舞い申し上げます。

ここも去年の21号で甚大な被害が出たので
身につまされます。

一日でも早い復旧を願っています。

さて、先日は犬話題では無い、
私の恩師の教えについて書きました。

何年も前に夭逝された恩師の言葉を思い出したのは
書いた通り、合同同窓会の案内が来たからでしたが
もう一つありました。

地域で一緒に活動している方のお姑さんが亡くなり
そのご葬儀に参列させて頂いた時の事でした。

享年98歳での大往生で
私も移住組なので、長い付き合いでは無かったので
この方の来し方は全く知らなかったのです
ただ1~2度お会いした事があり
穏やかで、優しい印象だけが残っていました。

葬儀の場で、同師さんがお話された事が
本当に心に響き、それほど親しくなかった方ですが
涙があふれて来ました。

この98歳のお祖母さんは
二十歳で嫁ぎ、男の子を出産
2人目の子供を身ごもっている時に
ご主人が戦死されたそうです。

その後、実家には戻らず
2人目は女の子を出産し
お姑さんに仕えて暮らしていたそうです。

男手が無かったので
乳飲み子をお姑さんに預けて
畑仕事をしていた頃は、いつも家から赤ん坊の泣き声が聞こえて
それでも、畑仕事を休むことが出来ず頑張っておられたそうです

そのうち、段々と赤ん坊はお乳を飲まなくなり
ご主人に続き、女の子も亡くされました。

先日お知り合い(つまり、このおばあちゃんの息子の嫁)に
聞いたのですが、再婚の話もあり
心が動いた時に、出て行くなら、子供を置いていくように言われ
結局、ここで生きることを選んだのだとの事

それでも、98歳まで生きて
最後は、一人息子から繋がった孫やひ孫に囲まれ
「おばあちゃんが死んだら、泣いてしまう」と
みんなに慕われ、そして長寿を全うして逝かれました。

私は、何と壮絶な、我慢、我慢で、
覚悟と決意の必要な人生だったかと思うと
とても感動したのでした。

自分自身も還暦を迎え、自分の人生を振り返り
色々と思う事が多かったのですが
自分の不満など些細なことだと思いました。

先日の恩師の教えと、今回のおばあちゃんのお話で書きたかった事は
いまは、「寄り添う」という言葉で
何でも認めてしまい、ニートとか引きこもりとか
色々な事も、生き難さとか、
全てを親に依存している子供にも
生き難さがあるとか、
何とも贅沢で難しい時代です。

私は古いのかも知れないけれど
このおばあちゃんが生きた時代と、今と
どっちが生き難いか?

それでも、フツーに、こうした生き方をした
若い女性が沢山居た時代と、今と
どっちが真摯なのか??

私は残念ながら、あまり漫画を読まなかったので
寂しいかな、漫画に勇気を貰った事は無かったけれど
恩師やおばあちゃんには、大切な事を教えて貰い
これからの、人生の黄昏を生きるための、
大きな勇気を貰ったのでした。




【2019/09/10 19:48 】
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恩師の教え
中学校の同窓会案内が届き、
しばし、思いを馳せています。

私には大切な恩師が居ました。
中学3年の担任の先生です。

先生は、その年に初めて教師になられた新米先生でした。
初めての年に、いきなり中学3年生の担任を任された訳です。

私達は確か14歳くらいだったと思うのですが
先生は22-3歳だったので、8歳くらいしか離れていなかった。

手強い中3の、それもツワモノ揃いのクラスだったので
先生も大変だったと思うけれど
この1年間が、私達にも先生にも大きな一年になりました。

卒業後も、もう何十回と同窓会を開催し
沢山の思い出を育んできました。

先生は、その後、大変出世されたのですが
その先生が、ある時同窓会の相談に訪れた私に
仰ったことがあります

「僕は、多分、同期の中では
一番出世したと思う。
そして、それは、お前たちのお陰なんだ」

私が、「どうしてですか??」と聞くと
先生は、答えました。

「あの一年が楽しかったから」と。。。。

こんなに嬉しい会話は、私の人生の中でも
貴重なもので、今もはっきりと覚えています。

その先生が引退されるその年にも、
お祝いを兼ねた同窓会を計画し
その時に先生から、お誘いの文章を書いて貰ったのですが
今も先生の言葉は、私の宝物です
その抜粋を、紹介します。

*****************************
3年7組のみなさんへ

3年7組のみなさん、お元気ですか。
私は、36年の教師生活にいよいよピリオドを打つ時がきました。

思い起こせば、あなたたちとの出会いが、教師の出発点でした。
あの時がなかったら、きっと今日の日を迎えられなかったと思います。

いつも回りの人に自慢していることですが、
いまだに36年前のあなたたち全員の名簿を諳(そら)んじて言うことができます

******************************

その頃は、荒れている生徒たちの事を
「不良」とか、
「ワル」とかと呼んだ物でしたが
先生は、絶対に、不良と言う言葉と
ワルと言う言葉を使いませんでした。

いつも、「やんちゃ」と言っていたのです。

後日、先生にその意味を尋ねた時の返事は
今も、私の人生の指標の一つになっています

先生は、こう答えました

「不良」と言う事
「ワルい」と言う事は
絶対に否定されなければイケない
絶対に肯定してはイケない


だから、ボクは生徒を「不良」と言わない
ただ、「やんちゃ」なんだと言う。

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つづく。。。

【2019/08/30 21:49 】
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さよなら、サーブ
ロータスの息子 
アイのお兄ちゃん、サーブが昨日逝った
享年10歳半

去年の10月に肥満細胞腫が見つかり
摘出手術の後、ステロイドでの治療が効いて
あれから10か月元気でした。

5日前に嘔吐が始まり
ロータスと同じように、てんかんのような痙攣が起き
段々と衰弱して、5日間後のサヨナラでした。

サーブは、友人宅に行ったので
忙しいオーナーさんに代わって、何度もお預かりや
週一回の訓練も欠かさず来ていたので
とても身近な子でした。

3年前から、ロータス、ジャスミン、今年のキャリアドに続き
4回目のサヨナラ

何だか、見送るのにも少し疲れた私です

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でも、ボクの心の
スクリーンの中、
キミが走る、キミが泣いている。。。。。


【2019/08/26 20:10 】
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