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思い。。。。
渡英する前から、
少しずつ、
私の中で大きく変化した考えがあります。

先日書いた通り
私は自分がそうであったように、
熱心なブリーダーさん達の
「最初の一歩」のお手伝いが出来ればと思ってきました。

しかし、よ~~く考えたら
その「最初の一歩」も
私は自分で長い時間を掛けて、手に入れて来た

その長い年月、私は一度も
犬を譲って貰おうとかは思わなかった

そして、その結果として
信頼を得て、10年経った頃に
ようやく色々な恩恵を受けるようになった
極々、自然な形で。。。。。。

今は、あの頃(20年以上前)と違って
インターネットが驚くほど発達しているので
私がやってきたような、アナログな手段では無く
もっと、もっと、簡単にコンタクトも取れるし
わざわざ海外に足を運ばなくても
世界中の犬舎の犬や、ショーの動画や
結果や、様々な情報が入手できる

それなのに、どうして自分でやらないのか?

本当に私のように下心は無いのか?

これには、特殊な技術やライセンスなど必要なく
本物の情熱と、まじめなポリシーを持ち
粘り強く、時として、飛んで行くくらいの覚悟があれば
きっと、私のように10年も掛からないだろうと思う

10年かかるか、5年で済むか、
はてまた3年で成就するかは別として
大事なことは、
このプロセスを自分の努力で経験してこそ
初めて、様々な貴重なものが手に入る

それは、単に海外からの輸入犬とか
チルド精液とか、リースの牡とかの
物質的な物だけでは無く
その過程で、海外と同じ土俵で渡り合う為の
常識的な世界の知識とか、見聞とか、を知り
自分をそこまで高めていける事こそ
それが成就した際の
一番かけがえのない宝物となるはず

浅はかな私は、それが分からなかったので
一足飛びに、結果を差し出してしまった訳です。

つまり、簡単に言えば
裏口入学の手伝いをしたようなものです。

本当は、自分が希望する学校に入るため
一生懸命努力して、頑張らないとイケない
それは、本当に大切な事。

それなのに、私は全て端折って
はい!と差し出してしまった。

結果、自分では何の努力も無いまま
ある日、目が覚めたら、世界有数の犬の仔犬が生まれている。。とか
有名犬舎の犬が来ている。。。とか、になってしまった

結果、有難味も何もないし
達成感も無いし、
そのプロセスで本来学ぶべき大切なものも
何一つ身に付かないままになってしまった。

ラブ友が、私に
「手伝ったら、良いブリーダーが育たないよ」と言った

彼は、何て聡明だったんだろう

そして、私は、何て浅はかだったんだろう

そんな思いを繰り返し、
今、私の中で変化し、確信に至った思いは

ブリーディングに対する思いは、個人個人違うし
人と共有するものでは無い。
なら、自分の事は自分でするしか無い。

私も、もうラブに出会って30年近くになり
そろそろ、ラストスパート

浅はかだったので、寄り道もしたけれど
もう、自分の事だけ考えて
自分の為に時間を使おう。と思う

今更ながら、そう思う

愚痴でも、非難でも無く
自分への戒めとして
敢えて、書きました。

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【2019/08/12 15:58 】
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思い。。。。
これまで何度も、色々なシーンで書いてきたように
私は93年生まれの、自分のファーストラブ・花梨が
たまたま英国からの輸入犬で、
その父犬がバルライオン・ブラック・アンド・タンだったご縁で
ジョンと知り合い、
その後、彼を通じて様々なネットワークを作ってきました。

何の実績も力も無い私でしたが
イギリスの古いブリーダーさん達や、そこからまた
他の国々のブリーダーさん達とのネットワークも
元はと言えば、ジョンがバックアップしてくれたこそでした

自分で言うのもおこがましいですが
私は熱心だったし、犬を譲って貰おうなどという下心も無く
純粋に、ラブが好きで通っていたのです。
そして、今では世界に沢山の知り合いを持ち
国内では出来ないようなブリーディングが出来るだけの
ネットワークも持てるようになりました
それを駆使するだけの知識と意識も
自分なりに持ち合わせていると、自負しています。

そして、自分で一番誇れる事は、私自身が、
学ぶことはエンドレスであり
これからも、これで完成!と言う事は無いけれど
決して妥協することなく、精一杯頑張ろうと思っている事です。

また、私は、自分を受け入れてくれて、
且つ肝煎りの仔犬達を譲ってくれたジョンやマリリンたちには、
深く感謝していました

そんな事から、後に私は
日本の熱心なブリーダーさん達で、且つての私のように
何の手段も無い熱心な方々には、
自分が出来る事は、一つのツールとして
協力してあげたいと思っていました。

一人でもレベルアップしたブリーディングができて
それを継続していく、最初の一歩のお手伝いが出来ればと
願っていたのでした。

優秀なラインと、次につなげるネットワークがある私の元には
色々な相談がありました
みんな、良いブリーディングがしたいと言う
熱心な思いを持っていました

そして、その中のいくつかに私は協力しました

ジョンは私に
本当に心から仲間と言える人達は
本当に僅かだ
と、言ったけれど、
私も同じで、私がブリーダーとして認識し
同じ視点で話が出来る仲間は、国内に僅かです
ラブに限って言えば、もっと僅かです

その中の一人が、以前私に言った事があります

「自分が他のブリーダーの手助けをしないのは
それをすると、良いブリーダーが育たないから」

そして、今わたしは
彼が全く正しかったと思っています。




【2019/08/10 16:53 】
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思い。。。。
暫くは、私の独り言みたいな「思い」を綴らせて頂きます。

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先日書いた通り、ジョンに沢山の思いを伝えたいと思い訪れたのに
自分の英語力の無さと、思いの大きさから
結局思いを伝えられないまま、ウエールズを去る日が来ました

その日の朝に、サウジーから
昨夜ジョンが、「明日Kaoriが帰ってしまう」と
悲しんでいた、 と聞いていました。

その日は、友人と合流する予定だったので
5時にマンチェスター空港で待ち合わせしていました。

午後2時には、バルライオン犬舎を去る予定で
午後1時ごろにキッチンで一人お茶を飲んでいました

そこへ、偶然ジョンが入って来たのです。

ジョンは私を見ると
「何時ごろに出発するのか??」と聞きました

私は「あと、1時間くらいで。。。。」と答えました。

暫し私達は無言でしたが
私は思わず、電動車いすに乗ったジョンの前に跪き
ジョンの手を取って話し出しました。



「私の偉大なメンターであり

大切な友人であり

そして、大好きな父であったジョン。。。。

私はあなたと沢山の事を話すつもりだったけれど

自分の英語力不足と、泣いてしまうかもしれない心配で

結局何も言えなかった。

もう時間は無いけれど、私はあなたが私にしてくれた事に

心からのお礼を言いたいと思います。

長い間、私を支えてくれてありがとう

あなたの全てにありがとう。

私にはこれと言った趣味は無いし、ラブが唯一のもので

これまで自分の情熱の全てを傾けて努力し、勉強し

頑張ってきました。

周りの人達と色々あって、悲しんだこともありましたが

今は、自分の思いや知識や、意識は自分だけのものであり

親しいブリーダー仲間であっても、

他人と共有するようなものでは無い事がわかります。

私は今、ここで、これからも自分の理想に向かって

私のベストを尽くし、絶対に妥協しないで頑張る事を

あなたに誓いたいと思う。と言いました。

ジョンは私を抱きしめて、

自分はラブを通じて世界中に沢山の友人を得たけれど

本当に心から通じ合えるのは、ほんの少しの人達だけだ

本当に僅かな人たちだけだ、

そんなものなんだよ。

偉大な私の娘よ

貴方はもう、私を超えたことが私には分かる

私から沢山の事を学んだと言うけれど

それは、貴方が学びたいと思い、学ぼうとしたからだ。

そして、自分で大変な努力をして学んできたね。

その努力が、どれだけ大きく大変なことだったか、

どれだけの辛抱と

不屈の思いが無いと出来ない事だったか、私には良く分かっている。

私の自慢の娘よ。

もう迷わずに、行きなさい。

自分の信じた道をこれからも行きなさい

私はここで自分に与えられた日々を、

この命が終わる、その日まで、

立派に生きて見せよう!

我が人生に悔いなし。

(あぁ、、英語ってなんて素敵なんだろう。。)

ここに日本語で文章にする事は、

あの時の私達の思いを充分に表現できるとは思わないけれど、

10分位の間、私達はしっかりと手を取り合い

しっかりと抱きしめ合って、お互いの思いを通じ合わせ

最後の別れをしたのです。

偉大なメンターであり、友人であり、父であった

もう二度と生きて会う事の無い、大好きなジョンと、

こうして、今生の別れをして来たのです

【2019/08/01 19:10 】
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さよなら
ジョンが亡くなった。。。。

英国記で書いたように、ジョンが重篤だとの連絡を受けて
会いに行った時は、思いのほか元気で
ウエールズに滞在していた時は
ジョンが愛した庭に夏の花を植えたり
好物のお寿司を作ったりして一緒に過ごしました

実は今回の渡英では、事前に「余命2週間から6週間」との
連絡が来ていたので、万一に備えて喪服一式を用意していました。

幸い滞在中は何事も無かったので
ロンドンから会いに来てくれたキアナに頼んで
持参した喪服や手袋、ヘッドドレスを全て渡してきました。

帰国後も、ジョンの様子は、キアナやシアンから随時連絡があったので
ジョンの最期が、痛みも無く、平和裏に逝った事も分かっています。

けれど、リンダ、ロータス、ジャスミン、そして、
今年の春にはキャリアドが逝き、
こうしてジョンが亡くなり
私の一つの時代が終わったと感じています。

とても寂しい。。。
書こうか、止めようか、と迷い迷いながら
どうしても、思いきれなかったけれど
今回私は、ジョンとの今生の別れに、二人で話をした事
そして、今の思いを、少しだけ、書き残したいと思います。

ジョン、ありがとう。
貴方が私にしてくれた事、
本当に感謝しています。
いつまでも、忘れない。。。。
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【2019/07/27 07:40 】
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英国記 番外編
観測史上一番遅かった梅雨入り以降
毎日スカッとした青空が見えない毎日ですが
イギリスでのラブ展観戦後の私の心も
梅雨空のようにどんよりした気分でしたが
総集編は、最後に書く事にして
(まだ考えがまとまっていないの)
番外編を少し書きますね

2003年にビーヴァ―城という個人のお宅(??)で
英国ラブクラブ創部100周年記念のラブ展があり
私も観に行ったのですが
その時の会場になったビーヴァ―城へ
今回は観光に行ってきました。

16年前はここの敷地内の牧場が、ショー会場でした。
「ここからプライベート」と書かれた看板から
車で15分ほど走って、敷地内の会場へ着いた記憶がありますが
今回ゆっくり観光で訪れて知ったのは
ここの敷地は、何と!!8000000坪
はっぴゃくまんつぼ!

ちょっと想像が出来ませんが
英国のお城の多くは、今も城主が居て
実際に個人宅なのですが
中々維持管理が大変みたいで、
自宅の一部を有料で公開する事で、維持費を捻出しているのか
私達も見せて貰えるのが嬉しいところ。

お庭も城内も、スバらしい!!の一言!

写真が撮れる場所が限定されていたので、
イイ写真がありませんが。。。。。

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ここの素晴らしさをウエブで見て下さい。

ビーヴァ―城




【2019/07/10 21:15 】
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