モリアゲ隊の成長
今日は夕方から冷たい雨が降ってきました。
でも明日には回復し、その後は岐阜単独展まで雨マーク無しっ!!
その上、小春日和が続きそうで良かったですね。

寒がりの私は、保管に出してあった冬物を
慌てて届けて貰ったりと、準備万端ですが
暖かいに越したことは無い。

そんな中、ファル君の「ファースト・レトリーブ」ブログが届きました。

http://blogs.yahoo.co.jp/seravi20/62514433.html

鳥猟犬として成長しつつあるファルは、ブラインド・レトリーブに
挑戦するくらい頑張っているようです。

こんなに小さかったファル。
大まじめな顔で、一生懸命に走っています。
そう言えば、この写真を送ったときには、英国からも
素晴らしいムーブメント!と褒めて貰った事があります。

3-25fuku3_20091124205501.jpg

ファースト・レトリーブのニュースは、私にとっても我が事のように嬉しいニュースです。
日本では英国のように実猟で使う環境が少ないので
なかなか「ラブの本領発揮!!」と言う訳にはいきません。

うちのお嬢達も、そう言う意味では退屈な人生(犬生?)かも知れません。
以前にも書きましたが、ジャスミンが飛び損ねた雀の子を
傷一つ付けないで、咥えて持ってきたことがあります。
あの時のジャスミンの嬉しそうな目
「なぁなぁ、これ見て!!」って、大張り切りで、自慢げに持ってきました。
こんな楽しいことは無いっ!!って顔でした。

そう、何気なく暮らしているけど、あの子達の中には
レトリバーとしての本能がしっかりと息づいている。
だから、その犬達が先祖から受け継いだ本能を発揮する時には
教えなくても、本当に楽しそうな顔をしています。
一番良い顔をしています。

これから練習も難しくなるけれど
頑張って一流の猟犬になって下さい。
みんな期待しているワン!!

【2009/11/24 21:01 】
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晩秋に・・・徒然・・
毎日天気が変わるような、今日この頃。
京都は紅葉シーズン真っ直中で、
今日名神を走っていると、京都へ入るインターでは
10キロを超える大渋滞。

これでは観光地に行き着くまでに
日が暮れるのでは・・??と、他人事ながら
心配になりながら、横目で見ていました。

紅葉で有名な東福寺などは、駅の側なので道も狭いから
伏見辺りまで来て、この頃沢山出来ている100円パークに駐めて
そこから電車で行く方が便利です。
お節介ですが・・・

午後から曇り空になって、雨が降り出した今日の日曜日。
ダイアナとジャスミンのアップです。

11-15dai1.jpg

11-15jas.jpg


さて先日から書いていた、英国の記事、
Both Sides Nowと、ラブ・ヒストリーですが
あの後、自分で考え込んでしまいました・・・

皆さんは、どう読まれたでしょうか?

私が自分で書いて、自分で考え込むのも
可笑しい話ですが。

私も数年前からアメリカのラブ展を観戦し、
またもっと以前から、カナダ・バンクーバーでも
何度もラブ展を観戦してきました。
バンクーバーからは、40分も走れば
アメリカとの国境なので、AKCの犬達は
ボーダーレスで出陳できますから
この辺りのショーでは、AKCからの出陳組が多数を占めます。

それまで見てきた北米のラブ達の写真を見返しては
色々思い出していると、やはり北米のラブラドールには
共通の香りがあり
英国のラブラドールにも、香りがあります

この香りを、敢えて「タイプ」と呼ぶのであれば
やはりSaudjieが指摘している事は正しいのでしょう。

アメリカのリンクで見る、素晴らしい構成
その構成から成り立つ、素晴らしいムーブメント
私達もしっかり見習わなければならない大切な要素です。

そして英国のラブには、ここまでのムーブメントが要求されない為か
ブリーダー達も、それほど拘っていないように見えます。

しかし、「タイプ」となると、アメリカの多くのラブ達は
やはり英国のラブには勝てないと感じます。
この「タイプ」を、私は敢えて「香り」と書きましたが
これが、やはり一番難しいところでしょう
何故なら、構成やムーブメントの様に
絵で描くことや、口頭で説明することが出来ないからです

私もサウジーと同じように、英国ラブとアメリカラブが
違うと分かりますが、それは私の場合、感じることが出来るという意味で
何故??と聞かれても、経験不足なのか
多分上手く説明が出来ないと思います。

今回の記事を書いて、改めて思うことは
やっぱり私は英国ラブの、あの滴るような香りのするラブ
大好きなんだなぁ・・と言うことです。

構成の良さや、それ故に可能になるムーブメントは
勿論大きな課題であり、ブリーディングにも重点を置いていますが
あの滴るような、ラブの香りは
私の夢のラブラドールには不可欠であり、
決して無くしてはならない
・・・と思いながら
自分で書いた記事を改めて読んで
自分で改めて思いを強めている、私でした。






【2009/11/22 20:35 】
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寒雨と・・・
今日は朝から雨。
一日中、雨・雨・雨・・・の一日でした。

その上、さむい・・・
テレビでは、師走の寒さ。だと言っていました。
そうは言っても、、早いもので、
もう10日あまりで、師走ですね。

アイリスは、9ヶ月になりました。
まだ余り充実していませんが
あの太短いダイアナも、2歳くらいまでは
こんな感じやったなぁ・・と思い出しながら
自分を慰めている今日この頃。

9ヶ月になった、アイリスと・・・

11-15iris.jpg

その母、ロータス。

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気を取り直して、ラブ・ヒストリーの最終回!

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Where the yellow colour comes from, we can only guess
but a breed called the ‘Cane di Castro Laboreiro’
(Castro Laboreiro being a Portuguese village)
shows a great likeness to the old type of yellow Labrador.

Maybe some of this breed were involved in the development of the yellow Labrador.

The first registered yellow was Ben of Hyde, in 1899.
Both his parents were blacks.

Occasional yellows appeared in otherwise black litters,
but they were not accepted and were often drowned at birth.

However several people saw them, liked them and decided to breed them.

In 1924 The Yellow Labrador Club was formed.
イエロー・カラーが何処から来るのか、私達は想像することしか出来ませんが、
『Cane di Castro Laboreiro』(Castro Laboreiroはポルトガルの村です)と呼ばれている犬種は、
古いタイプのイエロー・ラブラドールと非常に多くの類似点を持っています。

多分、この犬種の何頭かがイエロー・ラブラドールの発展に関与していたのでしょう。

1899年、最初に登録されたイエロー・ラブラドールはBen of Hydeでした。
彼の両親はブラックでした。
こうして、偶発的なイエローはブラックの一腹の中に例外的に生まれましたが、
当時彼らは受け入れらなかった為に、始末されていたようです。
しかし少数の人々は彼らを好み、そして彼らを繁殖することを始めたのでした。

その様な経緯を経て、1924年イエロー・ラブラドールクラブは設立されました。

We also know little about where the chocolate
(or liver as they were known) colour originates.

Possibly through crossing with Flat Coat Retrievers, or Pointers.

Around the turn of the twentieth century there was mention of brown retrievers,
and Lorna, Countess Howe mentioned one running in Trials
before the first World War.

Since the second World War they have gradually gained in popularity.
Until fairly recently they were not used much in the shooting field,
but today things are changing and it is not such a rarity to
find some good chocolate shooting companions.

私達ははまた、チョコレートカラーが何処に由来するのかについて
ほとんど何も知りません。
多分、フラットコーテッド・レトリーバーまたはポインターとの交雑によるものでしょう。

20世紀へ変わる頃、茶色のレトリーバー種についての言及がなされており、
そしてローナ・ハウ伯爵夫人は、第一次世界大戦以前に
トライアルに出場していた1頭の茶色のレトリーバーに言及しています。

第二次世界大戦以後、彼らは徐々に人気を得てきました。
かなり最近まで彼らは銃猟フィールドであまり使われていませんでしたが、
今日状況は変わっており、幾頭かの優良なチョコレートの銃猟犬を目にすることが出来ます。

From Britain Labradors were gradually exported throughout the world,
as word spread of their use as retrievers and hunters.

The original dogs may have come from Newfoundland,
but it was in Britain that the breed was really ‘born’.

レトリーバーやハンターとしての彼らの噂が広がるとともに、
ラブラドールは徐々に英国から世界中に輸出されて行きました。

以上の通り、元々のラブラドールの根本となった犬は、
確かにニューファンドランド島から来たかもしれませんが、
しかしこの犬種が本当に『誕生した』のは英国に於いてでした。


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源氏物語ではありませんが、この記事は此処で終わりです。

ラブラドールの歴史を紐解く方法も、様々だと思いますが
これを書いた、アン・テーラー女史は
有名な、マリー・ロスリン・ウィリアムズ女史の愛弟子で
今も忠実に、デュアル・パーパスに拘った
ブリーディングを続けています。

ウィリアム女史は、かの有名な「デュアル・パーパス・ラブラドール」
(Reaching for Stars)の著者であり
彼女は、モダン・ブリティッシュ・ショーラブラドール
痛烈な言葉を書いています。

或る友人が、私に言った事があります。

「タイプというものは、言葉では言い表せません。
構成も良く、健全で、性格も良いラブでも、
どこかタイプに欠けるラブがいます。」


彼女は、私が大好きな英国の某ケンネルの名を挙げて

「あそこのラブを見てみなさい。
タイプがしたたり落ちている・・」


残念ながら、大ファンだったこの犬舎は
現在活動していませんが、2年前に群馬ラブクラブで審査された
ヘッパーご夫婦に、「英国で一番好きな犬舎は??」と聞いたら
同じ犬舎を答えておられました。

前回書いたように、ショーと言うもの自体が
二次的な目標だと言うのは、私も大賛成ですが
それなら、何が目的なのか??

答えは簡単で、自分が理想とする
構成・健全さ・性格・機能・・・などを持ったラブを作る事。
そんなラブラドールと一緒に暮らしたいし
そんなラブが当たり前になって欲しいから。

ショー・ドッグが目的では無い。と言う人は
本当に多数いらっしゃると思います。
でもここで、ショードッグが目的では無いイコール
形が綺麗なラブが目的では無い。と言うのは、意味が違います。
私が言ったのは、また此処で書かれているのは
かといって、世に言う、ペット(家庭犬??)
それも「良い性格の、素晴らしい家庭犬を作る」のとは、大違いです。

ブリーダーがこれを混同すると、大きな間違いになります。
以前にも書いたように、ブリーダーと言うなら
自分の夢のラブラドールを、しっかりと目指さなければなりません。

しかし、構成・健全さ・性格・機能・・等を全てを尽くして
ブリーディングしても、なかなか簡単にはいかないもので
一頭手元に残せたら、御の字。
だから、しっかりとしたブリーディングをするなら
それ以外の子犬達は
本来みんな、良い家庭犬なのです。

ショーで勝つこととは別問題だとしても
それぞれのブリーダーが個々に自分のポリシーをしっかりと持ち
良いラブをブリーディングしていけば
いつの日にか、ラブ界も成長すると期待しています。


************大事なお願い***************

そうそう、今月29日に迫った
待望の「岐阜ラブラドール展」では、単独で恒例になった
GTGの集団検診があります。
PRAのみならず、コートカラー検査もあるので
この機会に、是非とも検査を受けて下さい。

スワブを持っていない方も、当日ブースで採取できますが
申込書の記入が結構多いので
血統書のコピーを持って行った方が良いと思います。

またGTGからの連絡で
検査結果の、データベース登録が始まるようです。
勿論任意ですが、詳しくはGTGへアクセスして下さい。

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【2009/11/17 21:03 】
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犬口密度過密。。。と・・・・
雨も午後から上がり、晴れ間が出た今日。
すこし肌寒くなりました。

相変わらず、団子になって寝ている、お嬢達。

ふと見ると、二つしかないクレートに
二頭ずつ入っています。

とっても窮屈そうで、犬口密度過剰!?

ソフトクレートが、変形しています。

11-14two.jpg

アイリスは、殆どはみ出して・・・

11-14two1.jpg

暫くすると、苦しくなるのか
出てきては、大きな溜息をついて、床に長々と寝そべるのであります。

さてさて、ラブ・ヒストリーの続きは・・・

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In 1904 Labradors were listed by The Kennel Club
as a separate breed, not just as a Retriever.

Before this time it was known that Labradors had been crossed
with breeds such as the Flat Coated Retriever.

The puppies were then registered as the breed they most closely resembled.

In the same year the black male,
Munden Single became the first Labrador to run in a Field trial.

By the time the first World War started the Labrador was very well established.

It was proving successful both in Field Trials, and at shows.

In 1916 The Labrador Retriever Club was formed. The Club drew up
a ‘Standard’ for the breed.

This was to ensure that breeders bred dogs, consistently,
who were capable, physically and mentally,
of doing the jobs easily and efficiently,
which their owners required of them, that of a shooting dog.

1904年、ラブラドールはKC(ケネル・クラブ)によって、
単なる「レトリーバー」としてではなく、
個別の犬種として表記されました。

それ以前には、ラブラドールはフラットコーテッド・レトリーバー等の犬種と
交雑されていたと思われます。

そしてその子犬達は、それらの犬種と最もよく似ている犬として
登録されていました。

その同じ年、ブラックの牡Munden Singleは、フィールドトライアルに出場した
最初のラブラドールになりました。

第一次世界大戦が始まる頃には、
ラブラドールは一つの独立した犬種として確立されていました。
それは、フィールドトライアルとショーの両方で成功することの証です。

そしていよいよ1916年には待望のラブラドール・レトリーバークラブが設立され
クラブは、この犬種のためにスタンダード『標準』を作成しました。

これは、ラブのブリーダー達が、
その犬種に求める「銃猟犬」としての仕事をより容易に、
またより効率的に行う為、体と精神の両面において
その能力のある犬をきちんと繁殖する事を、確実にするためでした。


The breed was primarily a working dog
and this was what they were bred for.

Showing was definitely of secondary importance.
The breeders in those days would not sacrifice working ability for good looks.

It was rare to have a dog who excelled to the highest standard in both fields.
However the first Dual Champion (Field Trial Champion and
Champion in the show ring) was the black male, Dual Ch Banchory Bolo (born 1915),
and owned by Lorna, Countess Howe.

以上の通り、このラブラドールは元来作業犬であり、
これが彼らの繁殖された目的でした。

すなわちショーと言うものは、彼らにとって間違いなく
二次的な重要性しか持ちませんでした。
その頃のブリーダー達は、見た目の美しさのために
作業能力を犠牲にはしなかったでしょう。


両分野において最も高い標準をクリアーするような優れた犬を持つ事は稀でした。
しかしながら、最初のデュアル・チャンピオン
(フィールドトライアル・チャンピオンとショーリングに於けるチャンピオン)は、
ブラックの牡Dual Ch Banchory Bolo(1915年生まれ)で
これは、ローナ・ハウ伯爵夫人が所有していました。

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うちのラブ達は、作業犬としては働いていませんし
その環境もありません。
多分今後も、狩猟犬として働くことは無いと思います。

また、当時から見ると
現在のラブは変化しているし、その標準も変化しているのでしょう。

しかし、此処に書かれた一節、

「体と精神の両面において
その能力のある犬をきちんと繁殖する事」


・・・と言うのは、今も私達が襟を正さなければならないであろう
大切な心得だと感じます。

精神面とは、これに書かれている通り

喜んで働きそしてそれによって、人を喜ばせたいと思う
ラブラドールの気性
。。だと思います。

これは、失ってはならない、とても大切なもので
私達ブリーダーだけでなく、一般のオーナーも
充分に理解しなければならない、
ラブラドールという犬が持っている「宝」なのです。

そして、もう一つ。

ショーというものが、二次的な重要性しか持たない。

・・・と言う事は、私も同様です。

自分はショードッグを作っているのでは無い。という自負を
いつも忘れないようにしているのです。







【2009/11/14 22:10 】
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ダイアナの寝顔と・・・・
昨日までの雨が一旦上がり
今日は晴れ間も見える一日でした。

お嬢達は、日々肌寒くなるに従って
寄り添ったり、お気に入りのクレートに入ったりして
寝るようになりました。

ダイアナのお気に入りは、バリケン。
いつも入っています。

そんなダイアナの可愛い寝顔。

目がとってもコワイ・・・・・

11-11dai.jpg

コワイ目を見た後は、ラブ・ヒストリーの続きです。

***********************************

What we do know is that British fishermen brought back some of these black dogs,
landing at Poole harbour,
on the south coast of Britain, in the early 1800’s.
It was from there that the Earl of Malmesbury,

and then a small number of Scottish and northern landowners saw these dogs
and bought a number of them.

They realised that here was a dog who was capable in retrieving shot
and wounded ‘game’,
both on land and from water.
From working in the south, retrieving duck and geese from water and marshland,
the breed then progressed to more land-work,
now working on ‘game’ birds,
and ground game.

For this a slightly lighter built dog was preferred.
A dog without an excess of bone, a decent length of leg.

私の知るところでは、英国から遠征した漁師達が
この黒毛の犬達の幾頭かを連れ帰ったということで、
1800年代初期に英国の南海岸にあるプール港に着港しました。

まず最初にマームズベリー伯爵が、
そしてその後少数のスコットランド人や北部の地主達が
これらの犬を見てそれらの数頭を購入したのが始まりでした。

この人達は、その犬達が、撃たれて傷ついた『獲物』を、
陸上や水中からの両方から回収する能力に
優れて居る事を知りました。

最初は南部地域でのカモやガチョウを、水辺や湿地から回収するという作業から始まり、
その後更に陸上での作業へ、現在猟の対象となる鳥類へ、
地表の獲物へと進歩しました。

この様な仕事をこなすために、当初は現在よりも
僅かに軽く造られた犬が好まれていたようです。
骨量の過剰でない、適切な肢の長さの犬です。

It is thought that the 2nd Earl of Malmesbury was the first to see the true
potential in them.

He called them the ‘Little Newfoundlanders’,
but it was the 3rd Earl of Malmesbury who re-named them ‘Labradors’.

From these first dogs the breed began as we know it.

Some early dogs went to the Duke of Buccleuch,
in Scotland, whose family have carried the line on through many generations,
right up to the present day.

In 1867 a photograph was taken of the Earl of Howe’s ‘Nell’ (aged about 11 years),
who apart from white feet appears to be a very typical Labrador.

Other well known breeders at the time were The Hon. Aurthur Holland-Hibbert,
later 3rd Viscount Knutsford (Munden),
and of course the famous, Lorna, Countess Howe (Banchory).

マームズベリー伯爵二世が、ラブラドールの本当の可能性を
最初に見出した人であったと思われます。

彼は彼らを、『小型のニューファンドランダー』と呼びましたが、
彼らを『ラブラドール』と名前を変えたのは
もっと後で、それはマームズベリー伯爵三世でした。

皆さんもご存じの通り、これらの犬達から今のラブラドールは始まりました。

何頭かの初期の犬は、スコットランドのバックルー公爵
(この家柄は多くの世代を経て、彼らの家系を間違いなく今日まで維持しています)
のところへ行きました。

1867年にハウ伯爵の、『ネル』(およそ11年歳)の写真が撮られたのですが、
その犬は白い足を別にすれば非常に典型的ラブラドールであるように見えます。

この時代の他の有名なブリーダーは、
Aurthur Holland-Hibbert閣下(後のナッツフォード子爵三世)(Munden)、
そしてもちろん有名なローナ・ハウ伯爵夫人(Banchory)でした。

**************************************

今日はここまで。

皆さんもご存じの通り、このハウ伯爵が
当時のサンデーランズに深く関わっていた事は有名な話ですね。

やはり、当時はこうして貴族達に気に入られる事によって
犬種が伸びていったのでしょう。

そう言う意味で、ラブラドールは
彼らの類い希な能力や気性をさることながら
やはりラッキーであったのだと思います。

私達は、そのことも含めて
いまラブラドールに関わらなければなりませんね。

【2009/11/12 19:23 】
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